『ホモちゃんの天気予報』

石坂和子

 
電話が鳴った。
「ホモちゃんの天気予報」の担当は石坂さんでは?
との新里さんからのお尋ねだった。
私ですとお返事した。

知らない方は「ホモちゃん」とは何やら怪しげに響くだろう。
「ホモちゃん」は太陽に目鼻を書いたような森永のマークで、
「ホモジナイズ」牛乳の乳脂肪を均一化する意味から来ている。

開局当時、社内は混沌としていた。
社員か、スポンサーか、はたまた代理店の人か、
よくわからない状態だった。
ある日廊下で呼び止められた。
「アナウンサーさんに仕事を頼むにはどうしたら良いですか」
「アナウンス課の課長にお話しになったらいかがですか、
何人かアナウンサーはおりますから」
「あなたでいいのです」と男性は言った。
それが「ホモちゃんの天気予報」の始まりだった。

当時の私を知る人はすぐ分かる事で、
私の顔はテストパターンといわれるくらい丸く、
「ホモちゃん」に打ってつけだったのだろう。
夕方3分間の「こども天気予報」では、
予報、天気にまつわる「一口メモ」を顔出しでスタジオから放送した。

最初、メモは電通の方が書いた。
そのメモが渡されるまで、私は勤務が終わっても帰れない、
そこで「よろしければ私が書きます」と申し出た。
番組は記憶では3ヶ月ほど続き、
百科事典を見て何十本かの「一口メモ」を書いた。
気象について知識もない私がよくも書けたものだ。
内容については誰のチェックも経なかった。
なんと鷹揚な時代だったことか。

担当は私一人、休日は無し、3分間のために毎日出勤となった。
この天気予報の最初の二日は失敗した。
一日目はデレクターとコンタクトミスで話を途中で止めてしまい、
二日目は子供向けのゆったりテンポで時間切れ。
以後ミス無しで放送することができた。

この最初のミスが教訓となったのか、
その後、他の顔出しのすべての番組で、
時間通りに終わらせる事ができた。
3、2、1、30秒前、カット、すべて上手く言った時の快感!
主婦時代、ピンチピッターで番組の収録を経験したが、
生でない事は何と、緊張感が薄いつまらないものかと思った。
天地創造のような開局の数年は本当に楽しく、
未熟な私を育ててくださった当時の方々に感謝致します。

homo2.jpg


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新里事務局長の呼びかけで
石坂さんより、素晴らしい原稿が届けられました。
当時の様子がうかがえる貴重な内容です。
この記事を読まれた会員さんで
記憶が呼び起こされた方がおりましたら
文章にしていただき、事務局まで連絡ください。
内容は問いませんが、アナログ時代の出来事限定です。

皆様からの投稿お待ちしております!
(事務局 成田)
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Comment
5
4スタでの「ホモ天」、懐かしいですね。
石坂さんというより「ホモちゃん」のニックネームのほうがピッタリでしたね・・・。

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